2007年03月09日

ニヅクリ

遠い場所に飛び立つ私のため、心してものを選んで詰めて送る。
 
あれあれ、すると涙がぽろぽろこぼれてくるのだ。
 
今までの私に対して。
 
これからの私について。
 
おぼろげで曖昧な私の未来。
 
決して悲しいわけじゃないのに。
 
闇が立ち込めてるわけでもないのに。
 
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今まで持っていた当たり前のものも気持ちも友達との時間も
 
すべてが懐かしくて得がたいものに変わる。
 
何事も当たり前でずっとそこにあるものなんてないのかもしれない。
 
そう思うと切なくて。
 
 
 
 
でも、 
新しいものを詰めるためにスペースをほんの少し空けるってことなんだな。
 
これから起こることを受け止めるための準備なんだな。
 
それに、
今まであんなに高いと思ってたぶらんこは
 
もう怖くなんかない。
 
地の果てまですべり堕ちそうだった滑り台は
 
もう足がちゃんとつくことを知っている。
 
怖いけど、やってみよう。
 
寂しいけど、踏み出してみよう。
 
新しい想い出を見つけるため、旅に出よう。
 
トランクの隅はいつも少し空けて。
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2007年03月07日

にんじんさんとココナッツちゃん

冷蔵庫の中にたくさんのにんじんさんと
ずっと使われずにそろそろくたびれそうなココナッツちゃんがいたので
二人を巡り合わせてケーキを焼いた。
レーズン君も仲間に入りたがったので
入れてやった。
 
どの型で焼くとしよう?
相当迷った後、生地の量から
大き目のガラスのタルト型を選んだ。
 
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切り分けてヨーグルトソースでお化粧する。
 
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なんと優しいお顔になったことか。
 
野菜を使ったケーキはいつもどうしてこんなに優しく仕上がるのだろう。
野菜のもつ土のエネルギーは
人間の心も体も包み込んで温かくしてくれる。
大地が育んだ地球の甘みがしっかりと野菜の中にあり
そしてそれがケーキの甘さとなる。
その出会いは本当に温かい。
そんなケーキはこんな寒い日にはよくあっていると思う。
 
こんなぬくもりをありがとう。
posted by Sleepyhead723 at 20:13| Comment(0) | TrackBack(0) | cooking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月06日

cookie mania

なんだか人恋しくてクッキーを焼く。
 
はじめはこんな冷たくて重たい生地なのに、
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オーブンに入れて、
そっと待ってると、
こんな風にだんだん膨れてくれる。
いつも目を見張っているのだけれど
その姿を目に焼き付けようと思うのだけれど
気が付くともうふっくらしていて
またもや私はその瞬間を
捉えることができなかった。
 
連続性の中で。
0301 cookies (1).jpg
 
その姿になぜかいつも励まされる。
 
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いつもはココアのクッキーは
ちょっぴり苦いので苦手なのだが、
今日はそんな苦さが欲しくて、二色のクッキーを焼いた。
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こんな想いが届きますように。
 
クッキーの甘い香りに
そっとひそかに想いを託す。
 
いつだってスマイルを浮かべているクッキーたちは
今日も私にその笑顔を分けてくれた。
 
またクッキーを焼こうと思う。
ううん、また必ずクッキーを焼くのだと思う。
posted by Sleepyhead723 at 17:12| Comment(10) | TrackBack(0) | cooking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年03月04日

携帯解約とお知らせ

今日携帯を解約したので、
ご連絡はメールにてよろしくお願いします。
 
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はてさて、いろいろとばたばたしましたが、
春より新しい環境マレーシアでがんばろうと思います。
 
みなさまもお体にはお気をつけて
お元気でお過ごしくださいませ。

これからもよろしくお願いいたします。
 
もうすぐ春ですね。

posted by Sleepyhead723 at 21:13| Comment(6) | TrackBack(0) | news! | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月24日

いまこんなにこわいのは

花は枯れようとしています。
それは
ちゃんと見ていてあげなかったから。
野に咲く花だって咲いて
そっと誰かに見つけてもらうことを待ち焦がれているんだもの。
 
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やりたいことに近づこうと思っていたけれど
進んでいる気がしなかった。
 
立ち止まることに慣れきって
踏み出す勇気がたくさん必要です。
 
 
「やりたいことはこれです。」
 
口にちゃんと出せなきゃいけないのだろうか。
人にキレイに説明できなきゃいけないのだろうか。
かたちのないものをぼんやり追い求めていることが
そんなにいけないことなのか。
 
数字で示さなきゃ、
きちんとした大人の言葉でつらねなきゃ、
私の存在は他人には見えないのだろうか。
 
ミトメラレルって何なのだろう。
 
そもそも私はここに存在していることの意味を
過大評価しているのか。
ちっぽけな自分の姿を認められないだけなのか。
ここにある等身大の幸せもつかめないで
私はどこに向かおうとしているの?
Nowhere
 
この世に生れ落ちたことを哀しんで
いつか天に変えることばかりを夢見て
毎日の生活が見つけられません。
 
いつか空を飛ぶことばかりを考えて
前にある道を歩めません。
 
みんなと同じことはやりたくないと思ってたのに
いつしかみんなと同じことが十分にできなくなっていた。
 
してたと思ってた背伸びは
いつのまにかみんなに追い越されてた。
 
Back to The Basic
 
Back to The Simple 
 
 
今こそもう一度。
初心に帰るときなのでしょう。
posted by Sleepyhead723 at 18:50| Comment(2) | TrackBack(0) | thoughts | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月09日

happy everyday birthday

両足を凍傷で失い
人生に絶望したある人は言った、
「他人と比べるから苦しい。
私はこのままの姿で今日生まれたのだ」。
 
そうして彼は58年の見事な生を遂げた。
 
s0131 anniversary.jpg

 


 
なんて強い言葉だろう。
久しぶりにがつんと頭を割られる思いがした。
 
悩んでいる人の姿はおそらく美しいものだ。 
ただそれをまったく違う人生を歩んでいる他人と比べてしまう瞬間、
非常に苦しいものとなる。
自分のもっているものをおろそかにして
感謝を忘れてしまうから苦しくなる。
だれでも人はこの世に生まれたとき
あまりにも無力だ。
それに絶望することなく、
赤ん坊はこの世に生を受けた歓びで溢れている。
なんてきれいなんだろう。
 
悩んだときに思い出したい。
私たちは何度でも生まれ変わることができる。
この世に生を受けたときのまばゆい喜びは
何度でも訪れる。
美しい朝日は毎朝昇るのだから。
私たちはこの世にたったひとりしかおらず
それだけで美しいことなのだから。
 
 
Happy birthday to new me
Happy birthday to every minute
What a wonderful life 

posted by Sleepyhead723 at 16:30| Comment(6) | TrackBack(0) | thoughts | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年02月08日

一輪

ふと
これからも書いていくのだろうなと思う。
 
それをどんな形で実現していくのか。
それは意外に非常にやっかいな問題となってしまった。
 
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だれのために?
まぎれなくそれは自分のために。
 
なのにあつかましくもそれで誰かがハッピーなってくれたらと思う。
 
ただ書くという作業において私は頭と心の中を掃除する。
時にムダに飾りつけもする。
物語が生まれもし、終わりもする。
 
なんて大げさでたわいのないことなのだろう。
なんてささやかで大きな夢なのだろう。
すぐそこに見えている気がするのに
途方もないことにも思われる。
まるで夢の中で食べたアイスクリームみたいな味だ。
 
 
口に入れるまであんなに冷たくて甘そうだったアイスクリームは
そのとたん味気のない幻想に消される。
ただ胸に残るのは淡い淡い切なさだ。
 
いつだってそうだ。
もうすぐつかめそうでつかめない夢は
どこまでも恋しく、
羽のように危うい軽さなのだ。
 
でも気がつくとそっとそこにあるものなのかもしれない。
それを受け止める準備ができるか。
そこに秘密の抜け道が通っているのだと思う。
posted by Sleepyhead723 at 18:15| Comment(2) | TrackBack(0) | thoughts | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月17日

トマトクリームのパスタ

s0115 001 pasta.jpg
 
最近はまっているのが、このソース。
トマトもクリームもという欲張りな人向きである。
トマトの酸味がまろやかになり、
クリームのくどさがトマトの爽やかさで緩和されている。
まさに傑作だと思いまする。
 
今日の具はチキンとほうれん草。
このブームまだしばらく続きそうな予感。
 
パスタをつくりながら、食べながら、
つくづく思った。
 
ああ、なんて幸せな瞬間なのだろう。 
 
手につかめる範囲にある幸せは温かくて安心できる。
不確かな未来があるときだから余計に今が大切に思える。
今。
今のためのあらゆる投資は惜しまないでおきたい。
未来の備えも大事だが、
今。
今のための、目の前を流れていく時間をずっと忘れないように。 
心に刻んでおけるように、感受性のスパイスをふっておこう。
私たちは自由なのだから。
心という次元においては。
posted by Sleepyhead723 at 20:44| Comment(6) | TrackBack(0) | cooking | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月12日

Japanorama

I just moved in here. I am Japanese.
 
突然のご訪問。最初のご挨拶。
当然日本人であることを述べなくてはいけない。
それはおそらく日本人だからである。
でも、日本人というのはいったい何者なのだ?
日本人ということを述べる必要性はいったいこの世の中でどのくらい必要とされていて、
日本人の像がどのくらい認知されているのだろう。
滑稽でおかしく見せてしまう危うさはそんなところに含まれている。
 
 
ちょうどイギリスBBCの日本のポップカルチャー紹介番組ジャパノラマを見た頃だった。 
 
papaya_suzuki_100.jpg
http://www.bbc.co.uk/bbcthree/tv/japanorama/episodes.shtml
 
イギリスのウィットを織り交ぜながら、
日本のポップな文化を面白おかしく紹介するものであるが、
かなりきちんと出来ていると思う。
登場するゲストはとても豪華だし、
(村上龍、宮崎駿、北野武まで!)
構成なども実に愉快だ。
 
しかし、BBCがこの番組を放送することによる影響というものもまた膨大なものだ。
第一に、ポップカルチャーはサブカルチャーなのかという問題を語らずしてはいられないだろう。
この番組を観る限りでは、
日本人の若者皆が援助交際に明るく、
極端な映画や番組がさぞかし一般的に捉えられているかのような錯覚を起こしかねない。
もっとも、そこらへんも全部わかってみることでこの番組のおかしさは倍増することになるのだろうが。
それにしても日本人のアーティストは外国のメディアに対してとてもサービス旺盛なんだなと関心。
 
しかし一方で、このような視点で外国から日本が見られていることにも注目する必要がある。
日本文化として期待されているものはなにか。
日本人として受け入れられるというのはどういうことか。
日本というのはいろいろな賞賛がある一方で、どこまでもミステリアスでエキゾチックな国なのである。
それは、昔のちょんまげから現在のロボットのペットにいたるまで、
実は何も変わっていないのではないか。
 
では、日本人の、外国に見せる、見られているという視点はいったいどこまで広がっているだろう。
無論日本人が期待されるように行動していかなくてはならないといっているのではない。
ただ、他者の視点がどのようなものかを知っておくのは
己自信を知るのに非常に役に立つということである。
 
私自身もこの番組をみて驚くことが多かった。
ダークサイドな日本は海外から学べ。
いや、それが本当の姿なんだろうか。
 
なんだか実に取り留めのない文章だ。
外国の価値観に奔走されない日本文化なんて。
もっと楽しんでしまえばいいのかな。
 それとももっと真剣に考えてみるべきなのかな。
 
世の中にはまだまだ分からないことばっかりだ。
 
posted by Sleepyhead723 at 14:44| Comment(1) | TrackBack(0) | diary | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年01月08日

たしかなもの

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ドリアンを食べた夜のこと。
体が熱をもっていて、
かすかな鈍い胃の痛みを感じつつ眠れない夜におもったこと。
 
確かなものがここにあると人がいうとき、おもうとき、
それは心のなかを指しているのだということ。
この世に確かなものなんて、ない。
太陽だっていつかは昇らない日が来るかもしれない。
 
それでも、人が確かなものの存在を感じるとき、
それは、信じるという過程のみに根ざしているのだということ。
そして、その行為の対象はいつも人間なのだということ。
 
人は期待し、信じる。
それゆえに裏切りを感じ、哀しみを味わい、
大切なものが壊れていく瞬間を恐ろしいと感じる。
 
分かっているのに、また信じる。
 
手を伸ばして触れれば、温かいその皮膚の温度は
永遠には続かない。
ただ、この瞬間が永遠であるように祈ることができるだけだ。
 
こんなにも大切なものがここにあって、
でも永遠には続かないことを知っていて、
それを悲しいと思うか、
幸せだと思うかは、
自分しか決められない。
 
自分の心に抱いている不安に目をつぶって
騙しぬいた先に訪れるものを恐れるならば
せめて、その心を開いて思い切り泣いて、慰めて
すっきりしたら
また笑おう。
永遠には続かなくとも、
永遠に続いて欲しいと思える瞬間が今ここに確かにあるのだと思えることに。
たくさんのありがとうを言おう。
posted by Sleepyhead723 at 15:36| Comment(11) | TrackBack(0) | thoughts | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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